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東京地方裁判所 昭和61年(ワ)16488号 判決 1987年12月25日

原告 中村昭夫

原告 吉村たみ代

右両名訴訟代理人弁護士 湯一衛

被告 株式会社プリンセスパール

右代表者代表取締役 吉村邦基

右訴訟代理人弁護士 高橋融

同 志村新

主文

一、原告らの請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、請求の趣旨

1. 昭和六〇年一一月二九日東京都渋谷区千駄ケ谷四丁目二七番一号プリンセスビル四階で開かれた被告の定時株主総会における第一二期事業年度(昭和五九年一〇月一日から昭和六〇年九月三〇日まで)についての利益処分案を承認する旨の決議が無効であることを確認する。

2. 昭和六一年一一月二五日右同所で開かれた被告の定時株主総会における第一三期事業年度(昭和六〇年一〇月一日から昭和六一年九月三〇日まで)についての利益処分案を承認する旨の決議が無効であることを確認する。

3. 訴訟費用は被告の負担とする。

二、請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二、当事者の主張

一、請求原因

1. 被告は、真珠の養殖及び卸小売販売を目的として昭和四八年一一月一四日に設立された資本金四八〇〇万円、発行済株式総数九万六〇〇〇株の株式会社であり、原告中村昭夫は被告の株式八〇〇〇株(全株式の八・三パーセント)を、原告吉村たみ代(以下「原告吉村」という。)は被告の株式一万六六〇〇株(全株式の一七・三パーセント)をそれぞれ有する株主である。

2. 被告は設立以来順調に事業を進展させて収益を上げ、初年度を除いて三割の配当を実施し続けてきた。第九期以降の利益処分の状況は次のとおりである。

イ  第九期(昭和五六年一〇月一日から昭和五七年九月三〇日まで)

当期未処分利益 八五九一万七三二七円

役員賞与 五〇〇万円

積立金 六〇〇〇万円

配当 三割

ロ  第一〇期(昭和五七年一〇月一日から昭和五八年九月三〇日まで)

当期未処分利益 六一四一万一八三一円

役員賞与 五〇〇万円

積立金 三〇〇〇万円

配当 三割

ハ  第一一期(昭和五八年一〇月一日から昭和五九年九月三〇日まで)

当期未処分利益 六四四四万七八七三円

役員賞与 五〇〇万円

積立金 三〇〇〇万円

配当 三割

ニ  第一二期(昭和五九年一〇月一日から昭和六〇年九月三〇日まで)

当期未処分利益 四五三七万〇六〇四円

役員賞与 一五〇〇万円

事業拡張積立金 二〇〇〇万円

配当 なし

ホ  第一三期(昭和六〇年一〇月一日から昭和六一年九月三〇日まで)

当期未処分利益 三八五六万九七二三円

役員賞与 一八〇〇万円

事業拡張積立金 一五〇〇万円

配当 なし

3. 被告は、昭和六〇年一一月二九日被告の本社ビル四階で第一二期事業年度についての定時株主総会を開催し、また、昭和六一年一一月二五日同所にて第一三期事業年度についての定時株主総会を開催したが、それぞれの株主総会においてその事業年度の営業報告を行い、その他の計算書類及び利益処分案を承認する旨の決議を行った。

4.イ しかしながら、右の各利益処分案は従前の役員賞与を一挙に三倍に増額したにもかかわらず、株主に対して配当をしないというものであり、被告の定款二一条(「利益配当金は、毎決算期における株主名簿に記載された株主又は質権者に配当する。」)に違反するほか、株主の固有権である利益配当請求権を侵害して違法である。

ロ また、被告の代表者である吉村邦基と原告吉村とは夫婦であるところ、被告が株主に無配当とした昭和五九年度は右夫婦が別居した時期に相当し、被告の無配当の処置は原告吉村を経済的に困窮させる目的をもって、私情によって行われたものであり、株式会社の公的性質に反し、公序良俗に違反する(被告代表者吉村邦基は、原告吉村と別居して以来原告吉村に対して給料、退職金、生活費及び子の養育費一切を支給していない。)。

ハ したがって、右定時株主総会の前記決議はいずれも無効である。

よって、原告は、被告に対して、前記各株主総会における右各決議が無効であることの確認を求める。

二、請求原因に対する認否

1. 請求原因1ないし3の各事実は認める。

2. 同4の事実の内、各利益処分案が役員賞与を三倍に増額し株主配当を行わないものであることは認めるがその余の事実及び主張は争う。株主の利益配当請求権は、株主総会において株主配当を含む利益処分案が可決されて始めて発生するものであり、これなくして当然になんらかの権利が株主に備わっているものではない。株式会社に未処分利益がある場合において、これをどのように処分するかは第一次的には株主から経営を委任された取締役会の経営判断に委ねられ、最終的には株主総会が決するのである。したがって原告主張事実は決議の無効原因たる法令違反を構成しない。

また、株主配当を行うことは株主の私的利益に関することがらであって、これを行わないことが「株式会社の公的性質」に反するということはできない。

第三、証拠<省略>

理由

一、請求原因1ないし3の事実は当事者間に争いがない。

二、そこで、本件各決議の無効事由について検討するに、

1. 株式会社における株主の利益配当請求権は自益権として株主に備わった固有の権利であるが、本来それは抽象的な権利であり、現実に株主が株式会社に対して利益配当請求権を行使するためには、商法の規定するところに従い、株式会社に蓄積された未処分利益を株主に配当する旨を承認する株主総会の決議を経なければならないものである。したがって、利益を株主に配当する旨を承認する株主総会の決議がない以上、株主は具体的な利益配当請求権を有するものではないというべきである。ところで、仮に株式会社に配当可能な利益が存したとしても、それを株主に配当するか否かは、第一次的には株主から会社の経営を委託され、利益処分案を作成し承認する代表取締役及び取締役会の経営上の判断に委ねられるのであり、その判断に誤りがあった場合における是正の方法としては、株主総会の取締役に対する選任、解任権の行使、取締役会の業務執行に対する監視権の行使、監査役の監査権の行使又は株主に与えられている各種の監督是正権の行使によるべきことが法律上期待されているのである。したがって、このような制度の在り方からみると、株式会社に存する配当可能な未処分利益を配当しないとする株主総会の決議は、それが株主の抽象的な利益配当請求権を阻害することになるにしても、原則としてそれは当不当の問題を生ずるに止どまり、直ちにそれが違法の評価を受けるものではないと解される。しかしながら、そのような未処分利益を配当しないとする決議が長期に亙って連続し、かつ、一般的な株式会社における配当政策決定の合理的な限度を著しく超えていると認められるような特別の事情があるときは、単に当不当の問題に止どまらず、違法の問題を生ずるものと解するのが相当である。

2. 右の観点から、本件各決議をみるに、前記争いのない事実によれば、被告においては昭和四九年ごろから恒常的に三割配当を実行してきたが、第一二期事業年度及び第一三期事業年度について配当を行わないという決議をしたにすぎず、また、前記事実によれば、被告の各年の利益は減少する傾向にあって、本件決議に係る第一二期事業年度及び第一三期事業年度の未処分利益は四五三七万〇六〇四円及び三八五六万九七二三円であって、第九期事業年度の未処分利益額(八五九一万七三二七円)の五二パーセント及び四五パーセントに、第一〇期事業年度の未処分利益額(六一四一万一八三一円)の七四パーセント及び六三パーセントに、第一一期事業年度の未処分利益額(六四四四万七八七三円)の七〇パーセント及び六〇パーセントにそれぞれ減少していること、それとともに第一二期及び第一三期の積立金の額(二〇〇〇万円及び一五〇〇万円)も従前の積立金の額(第九期以降六〇〇〇万円、三〇〇〇万円、三〇〇〇万円と推移した。)に比して相当程度減少していることが認められるのであるから、これらの事実によってみれば、被告のような中小会社においてはこのような場合経営及び財務内容の安定を図るために暫時無配当とする配当政策を選択することも一般的には不合理ということはできないのであって、いまだ無配当を決定した本件決議をして、不当というに止どまらず、配当政策決定の合理的な限度を超えた違法があると評価することはできないというべきである。

もっとも、前述のとおり第一二期事業年度においては役員賞与として一五〇〇万円を、第一三期事業年度には役員賞与として一八〇〇万円をそれぞれ支給する旨決議されているところ、右の金額は、成立に争いのない甲第二ないし第四号証によって認められる三割配当の配当金の合計額一四四〇万円に比して不相当に高額であるとの評価が成立し得る余地があるが、役員賞与の額は本来的に当該年度の特殊な事情に左右される度合が極めて大きいというべきであるから、第一二期事業年度及び第一三期事業年度において役員賞与を大幅に増額しながら株主に対しては無配当としたことをもって、配当政策決定の合理的限度を超えたものと評価することはできないと考えられる。したがって、このような事情は被告の配当政策決定の当不当の問題を生ずるに止どまり、無配当を承認した本件決議の違法を根拠づけるものということはできない。

3. また、原告らは、本件決議は破綻した夫婦の一方当事者の経済的困窮を目的として私情によって行われたもので公序良俗に反すると主張するが、前認定事実からも明らかなように、原告吉村の持株の比率は全株式の一七・三パーセントにすぎないのであって、他にも少なくない株主が存することは容易に推認されるところであり、直ちに原告らの主張するような事実の存在を肯認することは難しいというべきであるが、仮にそのような事実が認められるとしても、その当事者は親族法上の各種の財産的請求権を行使することによって救済される余地があるのであるから、そのような事実の故に、配当政策の在り方に関するとはいえ専ら株式会社の利益処分案を承認するにすぎない本件決議の内容が公序良俗に反するとまでいうことは到底できない。よって、この点についての原告らの主張も理由がない。

三、以上によれば、原告らの本件請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 慶田康男)

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